昨日夜中、NHK Eテレで、学生たちがリポートする福島県の今に対して、池上彰氏がリポートの方法にコメントしたり突っ込んだりする番組が放映されていた。ちょうど、今日、福島県の果樹農家を招いて、福島の今を語る交流会を企画しているため、ほとんど重なる報告内容に釘付けになってみてしまった。原発事故はまだ終わっていない。
中でも、原発に比較的近い広野町の若いコメ農家が原発の事故の年を除いて、翌年から作付を始めたとのこと。理由は、自分のコメに放射線の影響が出るのかどうかを知りたくて・・というものであった。影響が出たらお前の責任だからと、周囲から言われたが実行したとのこと。結局、検出基準値内であり数値は出ず、それから毎年測っているが一度も検出されたことはないとのこと。しかし、これまで20キロ1万円で直売してきたコメは、もう直売はしておらず、地元に新たに作業で入ってくる人たちの給食用や飼料用として安い価格でしか販売できていないこと、国からの補填で何とか生活していることを説明されていた。「自分は、コメができていることも、汚染は検出されていないことも、以前のお客さんたちに連絡は一切しない。少しでも心配と思っている人に食べてもらうわけにはいかない。」とおっしゃる。レポーターである2人の学生もコメは食べさせてもらなかったとのこと。池上氏がいう。「それでも自分はいただきたい。」と訴えて、食してここでその味わいを報告したらどんなに良かったかと。言えないこと、ひずみに埋もれてしまっていることをどの様に表現するか、表現できないことも多いのだ。という。

私、昨年、今年と大学院生になって学校に通っている。今年は修士論文に取り掛かっている。そのテーマが、≪原発避難した方々が再建する『小さくても助け合って暮らす』町に必要な条件を明らかにする≫である。9月1日2日と、湯河原で若い学生たちと一緒にゼミ合宿などに参加したり、湯河原にある重光元外務大臣の記念館で学生たちと、日本の戦争と終戦の岐路に関わった外務大臣の気持ちを知ることができたりと、貴重な時間を過ごしている。

研究室の学生たちと湯河原にて

研究室の学生たちと湯河原にて