私が初めて県議となったのが2019年4月、千葉県野田市の小学4年女児が父親からの暴力で1月24日に命を落とした直後であった。そして、いくつかの出会いがあって、2021年1月24日、女児の命日に児相と親子の架け橋千葉の会が創設した。あれから4年を経過して、架け橋の会は隔月で26回の当事者交流会をすでに継続実施し、相談対応は毎年120家族を超えるようになり、その相談は全国から受けることとなっている。児童相談所に我が子を奪われてしまった当事者らが直接顔を合わせて、定期的に交流を図る場はおそらく、全国で見てもこの架け橋の会のみであろうと実感している。

今回は架け橋の会が取材に協力をして、世論時報社が制作し提供くださっている動画をアップする。この鹿児島の事例をみていただくと、法医学鑑定書によって無い事実が捏造されること、父親が自身の努力で当日の証拠写真を入手し、その3枚の証拠写真があったことで、刑事事件の犯罪者になる危険から逃れることができたこと、その反面、冤罪で逮捕有罪となっていても不思議ではない事例が多数潜んでいるに違いないことが想定される。

冤罪は決して許されない、冤罪は人が引き起こし、人が黙認して、一人を犠牲にする行為だからだ。だから人が止めることができる。