2011年の東日本大地震の後、原発被災地で避難している子どもたちを保養事業として千葉県に招いてきた。そのつながりで、NPO法人元気になろう福島の理事を今も続けている。その中でずっと注目し続けてきたのが、福島県浜通り相双地域で1000年の歴史を築いている相馬野馬追いイベントである。本事業の発祥地が千葉県、それも我々が暮らす北西部であることは一部では有名な話。相馬ながれやま という民謡と流山踊りが無形文化財となっているくらいだ。
相馬野馬追は私自身に行動を呼びかけているようなイベントである。2~3年前、原発立地地の福島県大熊町でシンポジウムがあり、千葉県議であることでなぜか発言者に迎えていただいた際印象に残ったのは、原発事故から10年経過して大熊町、その後双葉町に住民が戻れるようになった。が、戻る住民はわずかで、この地域は全国からリュック背負って仕事で入ってくる若者たちがつくる新しいコミュニティが始まっている。そこで、新住民たちが希望を見つけたのは1000年の歴史を持つ相馬野馬追である。あの3月12日に原発が爆発した後の7月にも相馬野馬追事業は実行された。3つの神社の一つの小高地区は全住民避難地区となっていた中での、残り2神社からの参加で行われたという意味で継続の歴史を作った。福島県相双地域にとって特別な事業を福島復興のシンボルにしようという意気込みをそのシンポジウムで感じ取った。
相馬野馬追の発祥地である千葉県北西部に住む私が、行うべきことがあるとずっと温めてきた気持ちを確認するために、3月上旬に福島県相馬市、南相馬市を4人組女子ツアーで訪問した。単に武者行列を送って満足しているわけではない、千葉県と相双地域を結ぶプロジェクトを我々も願ってきている。とそんなメッセージをいただいて戻った。福島と千葉をつなぐような、野馬追公園、仔馬やヤギやアルパカが暮らす公園を是非とも鎌ケ谷市内に作りたい。馬のいる千葉県北総地域のシンボル事業を創りたい、とそんな思いを強く意識した3月の福島ツアーとなった。


